若者言葉の議論が高尚すぎて、こちらが申し訳なくなってくる

もう日常会話で受け入れられた感のある「短縮言葉」や「ら抜き言葉」。その成り立ちや異議についての議論が真面目すぎて、使っているこちらが恥ずかしくて申し訳ない感じになってきます。

FC2USER473119JWE さん

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現代社会は自由を求めてきた。その結果,個人の自由が拡大した一方で,自己を含めてあらゆる事柄の意味があいまいになったり,価値を見失い,アイデンティティーを失った。

出典 『若者ことばをフィールドワークする』 瀬沼文彰 著

現代はあらゆる面でスピードを求められる。そのような中で若者は,話し方自体を速くするだけではなく,言葉を縮めて,会話促進のために言葉の省略が進んだ。

出典 『若者ことばをフィールドワークする』 瀬沼文彰 著

少子化が進行するにつれ、兄弟や、地域の友達が減る中で、若者言葉が 「 仲間を示すコミュニケーションツール 」 として、活用される実情もある。

◇短縮言葉の意義

短縮言葉が使われる場合は様々で、それぞれにちゃんとした意義があるようです。
確かに、そうかもしれないですね。

・緩衝(~的な・~みたいな、のようなはっきりと断言しないぼかし言葉)
・娯楽(純粋な笑いを生む効果、流行の一発ギャグなど)
・連帯(仲間内だけで通じる言葉、連帯感を強める効果)
・隠蔽(連帯とほぼ同様)
・イメージ伝達(イメージを言葉として伝える効果、プリンなど)
・会話促進(KYなどの言葉の略、会話のテンポを良くする)

従来の語とは違った語感を持たせて,おもしろさを出し,会話を盛り上げているという

出典 『若者ことばをフィールドワークする』 瀬沼文彰 著

他人の欠点を中傷するという点では悪口に変わりないが、若者言葉には、① 遠まわしな表現、② 曖昧な表現 で、湾曲的に変換される特徴もある。

◇若者言葉に対する評論

若者言葉のさらなる意義をたくさんの人が研究し続けています。
ここまで解説されると申し訳なくなってきます。

若者言葉は、応急手当と同様です。とっさに言葉が浮かばないときに使うのです。

内向的にみえる 「 引きこもり族 」 も、どこかに友達や、理解し合える心の拠り所を求めるから、「 オタク語 」 を発信し合っているように思う。

対人能力が低く、コミュニケーションが苦手な人々も、だからといって友達が欲しくないわけではなくて、むしろ、誰よりも仲間を求めている。

略語は同じ共同体のメンバーの中でしか通じないもの。仲間内の言葉は楽しい時間や人間関係を共有するためのもの

俗に言う 「 あうんの呼吸 」 みたいなものが必要で、言葉そのものよりも、そこに含まれる相手の期待や、メッセージを察する必要がある。

◇ら抜き言葉は正しい?

「ら抜き言葉」はいけない!なんてよく言われていますが、実際のところはどっちなんでしょうか…?かなり昔から使われていた事例もあるようです。

1878年生れの文法学者が、出身地静岡の方言で「逃ゲレル、受ケレル、といふなり」と明治時代に書いています。

本多勝一『日本語の作文技術』によると、彼の故郷の長野県伊那谷では、 「ら抜き言葉」こそが正しい日本語で、 可能の意味での「見られる」「食べられる」は、 いわば「ら入り言葉」として非難されるといいます。

◇「ら抜き言葉」の意義と成り立ち

「ら抜き言葉」を使うことで誤解を生まないという良い効果もあるようです。
また、成り立ちに関しては諸説ありますが、おもしろい仮説をピックアップしてみました。

意味の「明晰(せき)化」です。「可能」の言い方と「尊敬」の言い方が区別できる

誤解を生まないためには、「ラ抜き」を使った方がむしろいいんです。

私の仮説はこうだ。「られる動詞」から「ら」の文字を抜いたのではなく、可能の意味を持たない普通の動詞に「得る(eru)」を追加して可能を表せるようにしたもの、つまり、一般動詞を可能動詞に変換したもの

このように解釈することで、すべての動詞について可能動詞化の過程を説明できる。

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