小泉純一郎元総理は首しめS○Xがお好き?!芸者殺し疑惑とは?!

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絶大な人気を誇った小泉元総理に殺人疑惑があったのをご存知でしょうか?

事件の概要は?!

小泉氏は、サドの趣味があり、よく相手の首をしめてプレイするという。それで一度死にそうに相手がなり、半死の状態になってしまった。驚いた飯島秘書官が500万円を支払い、示談にしたことがあるという。

新橋の芸者の小はんという女性が、小泉とつきあっていたが、そのときに、なぞの死をとげている。これは自殺として処理されているのだが、別に悩みもなく、人気もあり、死ぬ理由も動機などなかったという。自殺であるという処理であるから「首吊り」として処理されているのかは知らないが、後で浜田幸一元代議士が、小泉に対して「この芸者殺し野郎!」と代議士仲間の前で、ののしったことがある。

「愛人小はん変死事件」とは、「小ネズミが新橋芸者小はんをSMプレイ中に絞め殺したのではないか?という疑惑」である。既に「あの事件は、そうとれることが多い」と指摘されている。「小泉純一郎愛人小はん変死事件の真相」の告発は、かなり具体的に記されているのが初見のように思われる。

 これが真相としたら、新橋芸者小はん死亡事件は再検証される必要がある。1992年5月12日(水曜日)午後3時頃、「新橋芸者小はん」こと奥貫浩美(31歳)が、東京都港区三田の彼女の豪華マンションで死体となって発見された。所轄は三田署。第一発見者は彼女の母親の奥貫和子。 小はんは、9日の土曜日には東おどりの練習に参加。ところが週明けの月曜日に出てこない。12日の火曜日、置屋が心配して、千葉にいる彼女の母親に連絡、合鍵で部屋にはいった母親が変死している彼女を発見し通報した。

小はんは、着物の帯がドアの上の部分にかけてあったのでそれが首吊り用のものだと認定され、自殺として処理された。死体には抵抗の後が見られない為、他殺には推論されにくい。走り書きの遺書が残されていた。この状況をどう説明するのか。「それは偽造である可能性がある」と云う。彼女の死亡推定日は10日の日曜日。検死される事もなく翌日にすぐに荼毘に付されている。ところで、「新橋芸者小はん」と小泉衆議院議員は公然の愛人関係にあった。死亡推定日の日曜日は国会が休みの為、小泉が一緒にいた可能性がある。この時の国会は政治改革関連で揉めており、小泉議員は相当のストレス下にあった。その小泉は、小はんの死体発見時、広島にいた。何の用事で広島にいたのかが釈然としない。小泉の広島出張には必然性がない。即ち不自然である。その小泉は翌日の告別式に参列していない。これにつき、匿名氏は、飯島が激しく止めたらしいとコメントしている。

小泉元総理の悪名高い政策の一つである郵政民営化にもこの事件が関わっているとの噂も

この事件の存在を知っていたために、当時の選挙区の郵便局長の全てが小泉の反対候補の田川誠一氏を応援した。小泉が最初に立候補した昭和44年(1969年)12月の選挙のことである。その結果、 小泉は僅少差で(約4400票差)で落選してしまった。この時に深く郵便局を恨んだといわれている。ここから郵政民営化という持論が始まる。

元妻とはDVが原因で離婚

3人子供を生ませて、離婚をしているが、その離婚の動機も、妻が、小泉の殴る蹴るのドメステイックバイオレンス・家庭内暴力に耐えられずに離婚をした。

○昭和52年の夏、青山学院大学4年だった宮本佳代子さんに東京赤坂のレストランで、見合いをした8月25日の翌日、小泉は、プロポーズする。あってわずかの2日目である。

 ○昭和52年8月26日早速二人でデート。日比谷映画で「わしは舞い降りた」と見た後、小泉は「あのう、僕を信頼してくれますか?」。彼女はとっさに、どう答えていいかわからぬまま「ええ」と一言。小泉は、「それで決まりましたね」。

 <その4年後>

 4年後、結婚は破綻。佳代子さんが、さんざん家庭内暴力を小泉から受け出て行くと決めたあとに、小泉が佳代子に最後にかけた言葉は、「君子去るものは追わず、来るものは拒まずだな」の一言だった。佳代子の親族は、「総理になった純一郎さんを見ていると、あの人は、表の顔と、裏の顔がかけ離れた二重人格じゃないかとおもわざるをえません」。小泉氏は離婚後、女性に暴力を振るわないようにカウンセリングをうけていたとされる。佳代子さん自身も夜の営みの時に首をしめられていた。

事実としてわかっているだけで歴代の総理で唯一精神疾患を抱えていた総理

小泉内閣になってから、精神分裂病という病名は、統合失調症というオブラートにつつんだような名称に変更になった。上記の、一国の総理大臣小泉純一郎が、精神病院の都立松沢病院に精神分裂病で1967年4月から6月まで入院歴があるという事実は、真実そのものであるため、名誉毀損罪には該当しない。

 なぜなら、刑法第230条の2「公共の利害に関する事実にかかり、かつその目的がもっぱら公益を図ることにあったと認めるときは、事実の真否を判断し、真実であればこれを罰しない」とある。つまり、虚偽、中傷および捏造したものではなく「真実」であるならば、それは名誉毀損罪には該当しないと、刑法に書いてあるからである。

 <投薬治療を受けた前、後の写真の変化>

 精神医薬による投薬治療を小泉純一郎は、精神病院で受けたため、彼の写真(慶応大学の在学中に撮ったサークル写真など)と、留学中に撮影した写真では、まるで違う。留学中に撮影した写真が、薬漬けの病人のような風貌であるのは、投薬治療のためである。

彼は、35年後に総理大臣の地位に就任する。おそらく、戦後初めて、精神病院に入院歴のある人物が、一国のトップに就任した例である。断っておくが、これは真実であるため、マスコミは裏をとって「小泉氏精神病院の都立松沢病院に2ヶ月間入院歴あり。病名は精神分裂病。戦後初の精神病院入院歴のある総理大臣」と報道するべく十分に周辺取材および、裏とりを行ってください。

精神もぶっ壊れてたけど日本もぶっ壊しちゃいましたね。

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