古泉の言葉にもあったはずだ。俺が気がかりであり、先延ばしにしようともしている……。
本人では気付かない問題なのだから、そりゃ1万5千回も繰り返すわ。
つまりどちらかと言えば、ハルヒにとって建設的な意味合いではなく、破壊的な方でループしている訳です。
ハルヒの記憶がリセットされているとは言え、キョンなどの近しい人間の違和感は回を追うごとに増して行き、劇中もその彼らの表情をハルヒが察知し首を傾げる描写があります。
その自他との差異にいずれハルヒがストレスを抱える事になったとしても不思議は無く、そうなれば古泉グループにとってこのループは安定した平和からは遠ざかります。
そして、長門サイドにとってもそれは危惧すべき状況に成り得ます。
仮に平和ループが続いたとして、その確定的な永劫の安定は、長門たちの求める「自律的進化」の為の観測対象として果たして適当であるか疑わしい。
1万何千回程度なら時空を超越する宇宙人(有機ベースの長門は別)にとって何でもないレベルなのでしょうが、それが無限に近付けば近付くほど、進化とは掛け離れた物になって行くと考えられます。
勿論、いくら鋼のメンタルとは言え、長門本人がそれに耐えられるとは思えない。か弱い女子な訳ですから。
朝比奈にとっては言わずもがな。
強いて言えば、長門とは違うベクトルで彼女だけが恐るべき被害者ですね。
毎回ループの状況に絶望を感じており、デジャブも相まって涙と鼻水をいくら垂れ流しても足りない。尻上がりに酷くなる体験を計15532回ですよ。早く解決してあげて下さい。
唯一キョンにとってだけ、無限ループの被害が大してありません。
それ故、劇中も戦慄に近い驚きこそするものの、大した危惧を抱かず焦燥も特に無く。
ループ回数と共にデジャブが足し算されているものの、15531回目を以ってしても結局「それはそん時の俺に任せりゃいいか」程度です。
なるほど、ループしてるからと言って特に何もしない訳ですね。
ただキョンに至っては、彼こそがある意味本質的なループの原因であり、かつ解除のキーもまた彼本人です。
ましてこのループ自体が形成者であるハルヒの”それを解消したいが為の産物”ですから、もしキョンが一切何もしなくても(実際何もしていないが)、このループ世界(ハルヒの願望)がいずれ勝手に問題を解決する事は明白だったと言えるでしょう。
その証拠とまでは言いませんが、近しいものとして、19話目のセリフで「(ハルヒの心残りとは)俺にとって気がかりであり、先延ばしにしようともしている事だ」があります。
これはキョンのセリフですが、それまでには全く言及していなかった類の唐突な独白であり、デジャブの重なりによりレイノルズ数が上限を突破する事でスナップスルー現象を引き起こしたものと憶測出来ます。
キョン自身は何もしていない為、言わばループ世界そのものが矯正力を施したものと憶測出来ます。YU-NOリメイクおめでとうございます。
何故なら、それまでの話に「ハルヒの心残り=キョンに関連したもの」という認識やヒントは一切描写されないからです。
強いてヒントに近い描写として挙げるなら、ノルマ達成した30日の反省会?でハルヒの「他に何かしたい事ある?」というセリフがあります。
キョン限定では無いですが、ハルヒ以外への心残り成分に言及するシーンではあります。他には、例えば15話にはキョンの表情を見て首を傾げるハルヒの描写があります。
しかしそのどれもが「キョン関連が正解への糸口」だと決定付けるには甚だ遠いレベル。
※キョン関連と言うのは正しくないが便宜上。
※原作では30日の喫茶店で「古泉の言葉にもあったはずだ」の後に「俺にとって気がかり~」がモノローグされる。古泉は作中「涼宮の望みは何か解らない」一点張りで「キョン関連である」系統は一切言及していない。
ただそのシーンは強烈なデジャブに焦る中、何やかんや取り留めなく思考中であり、文脈的に前後の分が必ずしも直接関係するとは限らない。
兎に角、原作でも「ハルヒの心残り」が「キョン関連」や「夏休みの宿題」だとはそれまで全く示唆すらされない。
※漫画版では宿題について語るシーンを解り易く改変してあり、ハルヒ及び読者に”夏休みの宿題”をキーとして印象付ける顕著な例となっている。
更に「これまでの俺たちはこの瞬間、何をしてきたんだ!?何をしてこなかったんだ!?」と言うセリフもあります。
これは15532回目にして初めて(じゃない可能性もありますが)キョンが抱いた”それまでの俺”を考えるシーンなのですが、これもまたそれまで一切無かったものであり、何故急にそんなセリフが浮かぶのか、かなり疑問視すべき謎です。
そしてそれは同時に、長門が”受動的にすら何もしなかった”事への解答にもなります。
長門がループ事件に対し、能動的に何もしなかった件の解釈的解答は上述しました。
しかし、とは言え長門は完全なる不干渉では無く、またキョンたちへのヘルプもがっつりやる娘です。
それは権限的にも許可されているようで、有事の際には超常的干渉も辞さないスタイルが本編でも描写されています。
にも関わらず、今回は何故何もしなかったのでしょうか。
当然、「何もしなかった」のではなく、「何も出来なかった」からです。
キョンがループに気付いた後、仮にそれを解決する為に頑張ったのなら、その経緯をアーカイブする筈ですね。
長門を除く全ての人間は記憶を持ち越せないからです。それをキョンたちは知っています。
無論ノートに記述する等しても意味はありません。では最後にすべき事は長門を介しての伝達しかありません。
記憶を持ち越せる唯一の存在である長門だけが、一連の経緯やキョンたちの言動をループの前後で直接リンクさせる事が可能なのです。
事象としての過去で「何をして何をしていないか」と言った情報。それを知り次に繋げなければ、ループを知った事に何の意味も無くなります。
全てリセットされてしまいます。
そしてキョンたちは、それを……言わば「長門セーブ」をせず、ループを知った後も延々と「ループを知らなかった」時と同じく毎日を繰り返します。
何故でしょうか。
彼らが、何もしていないからです。
彼らが、もし、ループを脱出する為に必死で奔走したのなら、その潰したルートを記載したMAPが白紙になる事を防ごうとする筈です。
二週間かけて歩を進めレベルを上げ仲間を増やし敵を倒しアイテムを買い良い感じに進めたRPGのデータをセーブしない人はいるでしょうか?いやタイムアタックや縛りプレイは置いといて。
いるとしたらアホか、もしくはバカでしょうね。
普通はセーブします。その方が以降のプレイで効率が良いからです。そしてそのデータをロードしてゲームを再開します。その為のセーブシステムですから。
しかし、キョンたちは長門と言うセーブポイントを利用しなかった訳です。
ゲームをしていないからですね。セーブしなくてはと考える状況までプレイを進めていないからです。
ループの初日である8月17日に、長門が彼らに「今までの経緯」を伝達しないのは、つまり彼らがそれまで一切何もしていない事を表しています。(伝達を頼んですらいないと思われる。)
無論、頼まれた長門が意図的に伝えなかった、やろうとしても出来ない等々可能性は多々ありますが、その全ての描写が無い以上、キョン達が何もしていないパターンが可能性として一番濃厚だと言えます。
キョンにとってループな現状は、さほど改善すべき環境でない事が前提としてあります。
朝比奈の現状やデジャブの違和感、長門への同情、何となく解決した方がいい的な雰囲気など、一応キョンにとって多少の動機はあるものの、必死を煽る程熱量は無く、またそのモチベーションを維持するだけのレベルには至らない訳です。
それもその筈ではあります。
元凶が「夏休みの宿題」なのだから、何か何でもと必死になるレベルではなく、回りくどくループしちゃったとはいえ、解決する為に必要な意識レベルもその「夏休みの宿題」程度なのでしょう。
実際、その程度で解決し、そしてその程度がハルヒにとっては半無限ループを形成するだけの重大要素なのです。
しかもどうやら自動的に解決する問題でもありました。
キョンが頑張る必要性すら無く、つまるに頑張らせるだけのモチベも必要無かった訳です。
では何故、15000回以上もループさせる必要があったのでしょうか。
特にキョンたちは記憶にすら残らないループである為、ぶっちゃけループ自体が必要ありません。強いて言えば一度でいい。
ハルヒにとっては何か物足りないという認識が時間を戻し、次のターンで修正すれば万事OKです。
薄いデジャブを何乗にも重ねる必要があった?いいえ、否です。
1mの厚さが欲しい時に、1mmを1000枚重ねるより1mを1枚用意する方が遥かに効率的でしょう。彼女は無意識下でそれが出来る能力を持ちます。世界を一瞬で創り変えられるレベルなのですから。
※この長いループも終わってしまえば、一瞬と言えなくも無いですが。
キーマンであるキョンの自発的解決行動の制御、そして同じくチートである長門の制御。
更にはこれまでの謎や、ループの意味もここに帰結します。
簡潔に言えば” 長門への嫌がらせ ”です。
これは長門の主本体である宇宙人サイドへのアクションですらありません。長門有希と言う人格へのハルヒ(無意識)からの言わば矯正であり友情です。
ループ15532回と言う嫌がらせは、長門有希ただ一人しか有しない経験です。彼女以外覚えていませんから。
情報を共有する宇宙人さん全員も同じく地獄に震えたかも知れませんが、朝倉涼子と長門の差を見る限り、少なくともインターフェースである彼女達の意識や感情、クオリアはそれぞれ本人唯一の物と思われます。(もしかしたらそれすら自由に共有出来る可能性もあるが。)
ましてや基本ベースが人間とほぼ同等の有機体ですから、15532回もの無慈悲なループは少女の骨身にはさぞ染みた事でしょう。