【11】
統治者としての知見を持つためにヨーロッパ大旅行。24歳、帰国。ヴェネチア大使によるフェリペ描写 「中肉中背、体質的に繊細。身体は強くない。孤独が好き。豪華で洗練された衣装を身につけ、他の人とはまったく異なる様子でいることが好き」(p.70)

【12】
27歳:2回目の結婚話。相手はイングランド女王メアリー・チューダー。ロンドンで代理結婚、結婚協定締結。(内容は圧倒的メアリー優位のものであった※)プロテスタントが脅威となる現状、カトリックに縋る他ない。父の命に従い、粛々とイングランドに渡る。(p.75)

※政治的に二人は同権であるが、その指揮権はメアリーにあり、フェリペはイングランド公文書に署名することはできない。イングランドに外国の軍隊を持ち込むことができない。メアリーが先に崩御した場合、フェリペはイングランドにいることはできない 等

【13】
二人が会ったとき、メアリーはフランス語で、フェリペはスペイン語で会話。メアリーは、フェリペに最初の英語として「おやすみなさい」という単語を教える。しかし語学の才能に若干欠けるフェリペは、この語をなかなか覚えられず、何度も反復していたという。(p.80)

※以下14、15は、著者の私見めちゃくちゃ入ってそうだったですが、滾ったので記します。※

【14】
メアリーの妊娠が水症だと発覚。民衆からは「ブラッディ・メアリー」と呼ばれ、メアリーの傷心の日々は続く。しかし何より、自分がフェリペと結婚したのはカトリックを通しての絆であった事から、プロテスタントの弾圧を進推し進めた。 フェリペへの思いが増すにつれ反教者への仕打ちも増す。フェリペへの愛はカトリックの擁護であり、反教者の処刑であった。(p.82)

【15】
メアリーが自国のプロテスタントと戦い、自分の心をもてあまし、妊娠でないことが判明して傷心していても、 フェリペは相変わらず礼儀正しく、メアリーを大切にしていた。フェリペは自らの使命2つを常に自覚していたがため、気持ちを動揺させずメアリーを支えることができた。ひとつは「イングランドをカトリックの国にすること」もうひとつは「メアリーとの間に子どもを作ること。 」(p.82)

【16】
28歳:フェリペの前者の使命は達成され、後者はおそらく不可能であろうと結論付けていた。イングランドで成すべき事は終わった。9月、フェリペは父より帰国の命令を受け、ドーバー海峡を渡る。メアリーは目に涙をためたまま、港まで見送りに来る。互いに国家を背負っている以上、仕方の無い別れである。(p.83)

・・・以下メアリー存命だし使えそうな気がしなくなってきたけど連投。  

【17】
29歳:父カルロスの退位のため、スペイン王に即位。30歳:対フランス軍の資金調達のために3ヶ月イングランドに滞在。2年越しに英国女王に再会。メアリーは心からフェリペの来訪を歓迎したという。(p.88)

【18−1】
ヴェネチア大使によるフェリペ王評「体質的には粘着質で、憂鬱症が胃痛や腰痛を引き起こしている。そこで医者たちは、身体を強くする目的や 憂鬱症的思考から離れるためにも、狩りを推奨」「性格は内気。食べ物には目がなく、節制せず」(p.90)

【18−2】
「特にケーキ類が好物」また、「王がネーデルランドを旅したころ、王は横柄で高慢で近づきがたかった。しかし今はおだやかでやさしく見え、 王と接したものはみな慈悲深さを感じ、王が自分のことを気にかけてくれるように感じるのだ。」とも記されている。(p.90)

【19−1】
31歳:9月に父カルロスが、11月にはメアリーが続けて逝去。メアリーはフェリペにとって、父の従妹であり、血の繋がりを感じさせる同族的安堵感をもたらす存在であったという。

【19−2】
この頃のフェリペ評「知性があって、よく働く。王の体力からすると、働きすぎかと思えるほど。すべての書類に王自ら目を通し、王と話す人すべての面倒を見ている。しかし相手と目を合わせることはなく、目を伏せているかあるいは違う方向を見ている。」(p.95)