広島県尾道市。大林宣彦監督の「尾道三部作」ファンにとっては思い入れのあるこの地域の名物は、その名も「尾道ラーメン」という。ラーメンのスープは、「瀬戸内海の小魚でダシをとっている醤油味で、豚の背脂が浮いている」というのが通説だったのだが、実際尾道に行ってみるとどうやら少し違うらしい……。

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浮かび上がってきたもっとも大きな議題は、「尾道の中華そば」と「尾道のラーメン」が違うか否かということ。はてさて、それはどういったことなのか。事情が分からないのでまずは現地で取材を進めた。

○鶏ガラや豚骨、魚介類などダシもそれぞれ

尾道に入って数軒の有名店に足を運んでみたところ、見事に行列ができているではないか。長い長い長蛇の列。そこで諦めて時間をずらし、ようやく昔ながらの店とおぼしき一軒に入ることができた。それが「麺処 みやち」だ。

「うちはもう創業68年になるよ」。さり気なく教えてくれたのは2代目店主の加藤滋さん。実はラーメン専門店というわけではなく、店の看板には「中華そば」に加え「天ぷらうどん」とも大きく書かれている。

早速、「中華そば」(500円)を食べてみる。うん。どこまでもオーソドックスな中華そばだ。具材はメンマとチャーシューそしてネギのみ。しかし、尾道のラーメンならではの豚の背脂は? しっかり見ても、あれれ?? 浮いてないぞ! もしかしてこれは尾道ラーメンではないの??

と言っても、まずはスープをひとすすり。あっさりしていてとてもまろやか。醤油のキツさがない優しいスープだ。加藤さんによれば、「鶏ガラ中心にトンコツ、いりこだし、カツオだしも使っているよ」とのことだ。おなかも満足したことだし本題に切り込もう。「あのぉ、ここのお店って尾道ラーメンじゃないんですか?」と加藤さんに単刀直入に聞いてみた。「違うよ。うちは中華そば。尾道ラーメンとは違うよ」と率直なお答え。

もう少し詳しく取材をしよう。加藤さんによると、そもそも尾道の中華そばや尾道ラーメンには明確な定義がないそうで、「戦後いろんな店で中華そばを出していたんだよ。鶏ガラや豚骨、魚介類などダシの取り方も店それぞれだった」という。

数ある店の中には豚の背油が浮いている店もあり、「それがラーメンブームの中で一人歩きしていつの間にか尾道ラーメンの特徴はそこと言われるようになった」とのこと。つまり、歴史の古い店ほどラーメンではなく、「中華そば」とメニューに記す傾向にあるのだという。

ちなみに、「瀬戸内海の小魚のダシ」ってのは1990年ごろにある通販メニューから出てきたものだそうで、本来の尾道中華そばとの関連性はこちらもないというから面白い。

ちなみに「みやち」の人気メニューはなんと「天ぷら中華そば」(630円)。「天ぷらうどんの余った天ぷらを中華そばに入れたらおいしかったんだよね。アハハ」。そう言われたからには食べねばなるまいというわけで、こちらも実食してみた。

確かに、天ぷらの油がコクをスープに加えて風味が増す印象だ。単に天ぷらを載せただけではない。考えてみたら同じアブラという意味では背脂も同じ。自由な発想の一件目取材で、型にはまらないこの地域のラーメンの魅力を強く感じた。

●information
麺処 みやち
広島県尾道市土堂1-6-22