フランスの鴨の話にしても、話す人間が話に聞くだけで、実際に行ってはいないらしい。なにしろ一羽一万円するのであるから、初めから敬遠しているのである。趣味も食道楽もあったものではない。向こうで日本人が行くところと言えば、場末の居酒屋みたいな小さな店である。しかも、その小さなお店で“学ぶ”という気持だから、自由な注文も質問もできはしない。鴨料理の店「ツール・ダルジャン」のように堂々とした造りで、正装のボーイが鷹揚に構えているようなお店では、声も出ないのだろう。

出典 『すき焼きと鴨料理――洋食雑感――』