国民民主党の結党メンバーだった階猛衆院議員(岩手1区)が11日、離党の意思を表明した。小沢一郎衆院議員(岩手3区)が率いた自由党との合併に猛反発し、最後は自身が党外に去る道を選んだ。
【参院選2019】国民民主党のグダグダ采配に岩手県の候補者が巻き込まれ、結果、他野党の信頼も失墜!
いよいよ参院選ですが、未だ野党では内ゲバが収まらず、国民民主党が優柔不断にも「別の人を擁立したい」と言ったことから波紋が広がりました。
小沢氏との確執が要因かという質問には
「私は旧民進党で政調会長を務め、国民結党では基本政策作りにも関わった。合流する自由の皆さんにも、国民の政策を貫いてほしい」と回答。
そりゃ居づらいよね。
小沢氏はかつて、立憲民主党を軸とする野党結集の筋書きを描き、同党の枝野幸男代表(54)と定期的に会食を重ねていた。
小沢氏は統一会派結成などを繰り返し打診したが、「数合わせ」に否定的な枝野氏からは相手にされなかった。
そこで新たな連携の相手として目を向けたのが国民民主党だった。
存続政党は国民民主党。党名も国民民主党。基本理念、政策、規約なども、すべて国民民主党のものを踏襲する。自由党は解党し、小沢氏は主要なポストにはつかない。国民民主党の所属議員は58人。自由党から国民民主党に加わるのは6人。数の差も圧倒的だ。
形式的には国民民主党が自由党を吸収合併した。国民民主党の圧勝にみえる。ところが永田町では、誰もそう思わない。自由党に小沢氏がいる以上「小が大をのみ込む」構図にしか見えないのだ。
自由党は基本的に、国民民主党の政策を丸のみするという。すべて国民民主党の政策に合わせると言う。だとすれば、自由党に脱原発などの政策実行を期待し、支持をしていた人たちの民意はどうなるのか? そのような人たちは、逆に選択肢を失うことになるのではないか?
小沢氏は会見で意見を求められると「私は大した能力がありませんので、玉木代表のもとで命じられたことを一生懸命やりたい」と殊勝に語った。この光景は、16年前の「民由合併」の時とそっくりに見えた。
2003年、党勢が低迷していた民主党の菅直人代表は、小沢氏が率いる自由党との合併を決断する。その時も党名は民主党のままで自由党を吸収する形だった。そして小沢氏は自ら「一兵卒」宣言し、無役として民主党に加わった。
ところが、いざ合併してみると、小沢氏の存在感は絶大で瞬く間に実権を握り、3年後の2006年には自ら代表に上り詰めた。
自らポストを求めず背後でトップを操り、いつの間にか権力を握る手法を得意とする小沢氏。永田町関係者の間ではその記憶が鮮明だけに、玉木氏を小沢氏が操る政党という受け止めにしかならない。今回は「小が玉をのんだ」ということか。
当然ながら立憲民主党などは不信感を募らせている。合併決定を受けて立憲民主党の枝野幸男代表は、26日の記者会見で「他党のことはコメントする立場にない。立憲民主党は離合集散、他党との合併を行わない。昨日の党首会談でも小沢代表に伝えている」と語った。決別宣言のようにも聞こえる。
この思いは社民党や旧民主党系の議員たちも同じ。社民党党首の又市征治氏は「私自身は、そのことによって何かプラス面が出てくるのかなあと懸念をします」。衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」の野田佳彦元首相に至っては「もう動いたことを今更どうこう言ってもしかたない」と投げやりな表情で語った。
国民民主党は7日、結党から1年を迎えた。先月下旬に自由党と合併したが、今月の共同通信社の世論調査で政党支持率は0.9%(先月は1.6%)どまり。合併効果はまだ見えず、党勢も依然低迷している。夏の参院選に向け、選挙戦術などの模索が続きそうだ。
国民の玉木雄一郎代表は取材に「誤差の範囲だろう。わが党は低年齢層の支持が強いが、うまく反映されなかったのでは。今後はしっかりと新しい党のカラーを打ち出していく」と述べた。
いやいやいや(笑)
▼国民民主党の玉木代表は国民の声どころかそもそも政局すら見えていないのではないだろうか。こんな人物が政権を取って日本を引っ張っていくなんておかしな話だ(まあ無理だろうけど…)。
- 1
- 2