昭和45年8月10日昼前、埼玉県戸田市下笹目の工員・萩原Aさん(当時40歳)、妻A子さん(当時37歳)、長男(当時11歳)、二男(当時8歳)の一家4人が殺されているのが発見された。

犯行日の8月8日深夜、貞次(加害者、Aさんの弟)は実家にあった薪割を持参しAさん宅に忍び込んだ。貞次は就寝中の4人を次々に薪割りで殺害し、瀕死のA子さんを弄んだ。その間、Aさんや子供達がうめき声をあげるので、時々、行為を中断し、薪割りを振るって沈黙させた。

昭和46年12月の精神鑑定では「被告人は意志薄弱性、無情性の精神病質であり、同時に窃視症、フェチシズム、カニバリズム(女性の肉を食べる)等の性的錯倒を有している」と診断された。
貞次は公判でも「一番残念だったのは、兄嫁の肉を食えなかったこと」と陳述。

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