奥田研爾は、横浜市立大学元副学長・医学部長。米国ハーバード大学医学部 Assistant Professorとして勤務などを経て、2012年10月に奥田内科を開業。
奥田研爾 研究者の弛まぬ大志
高齢化が進む昨今、地域医療や老人医学の必要性日に日に増している。
横浜市磯子区洋光台にある奥田内科の奥田研爾院長は、研究者として、今日まで様々なワクチンの開発に取り組み、老人医学の発展に尽力されている。
感染症、予防及び老人医学の第一人者だ。いくつもの困難や壁に立ち向かい、乗り越えてきた奥田氏の言葉には、私たちの人生にも通づる教訓が隠されている。
「生きていればこそ出来ることが、きっとあるはずですから」
”奥田院長はこれまで、医学研究者として多くの論文を発表されています。
もともと研究の道を志したきっかけは何だったのでしょうか。”
『私は六男坊の末っ子で、両親はともに教育者。兄たちもまた、大学の教授を務める教育者や医学部を卒業した内科のエキスパート、街づくりの設計に携わる建築士や歯科医と、皆尊敬できる家族でした。そうした環境で育ったせいか、小さな頃から教育や医学の世界は身近にあったと思います。私は当然のように勉学し、人一倍の努力をしてきたと自負しています。そして、様々な学問にも触れてきました。その中で私が影響を受けた人物が、野口英世です。彼の生き方、研究に対する情熱に大きな感銘を受け、研究の道を志したのです。』
”具体的には、これまでどのような研究に従事されてきましたか。”
『研究は多岐に渡ります。横浜市立大学の医学部に在籍していた学生時代は、微生物学や分子生物学の研究もしました。大学院卒業後はワシントン大学で免疫遺伝学を学びましたし、メーヨー医療大学、ハーバード大学のアシスタントプロフェッサーとして勤務していたころは、エイズワクチンの開発・研究にも着手し、たくさんの論文も手掛けてきました。』