「チチャ」は「アカ・チチャ」とも呼ばれ、紀元前2000年頃からメキシコからラテンアメリカ一帯で飲まれていました。もともとは、粉にしてこねた穀物を口内に含んで唾液を混ぜ、その発酵作用を利用して作る口噛み酒です。トウモロコシを元に作られることが多いようですが、地域によってキヌアというアカザ科の植物やマニオク(キャッサバ)などのイモ類が用いられ、どの段階で唾液を加えるのかも含めて、様々なレシピがあります。

アマゾン流域にも様々な「チチャ」があります。ある地域のインディオたちはパイナップルを発酵させたチチャを飲んでいます。これは「パイナップルのビール」とも呼べるものです。パイナップルの果実をすりおろし、カメに入れて数日放置しておくと、パイナップル自体の糖分によって自然発酵します。また、アマゾン流域に広く群生する「ププニャ」というヤシの一種もチチャ作りに用いられました。この「ププニャ」は季節もので、普段はマニオクのチチャを飲んでいるのですが、ププニャの実る時期だけ原料に使われます。この他にもアマゾン流域各地には様々なレシピがあり、現代に至るまで各地域ごとに連綿と受け継がれていきます。

アンデス地域ではトウモロコシを用いたチチャが広く根付いていました。トウモロコシを噛み、これを煮込んで発酵させたのです。もうひとつ、アンデス原産の「キヌア」を使った酒は、キヌアの実を挽いて粉にし、これを口に含んで唾液をまぶし、団子を作って放置、発酵させました。

1500年代にペルーに栄えたインカ帝国でも、チチャは神に捧げる聖なるビールでした。この聖なるチチャを作るのは、王に仕えるために国中から集められた選りすぐりの美しく健康な少女たちで、チチャの作り方や行儀作法・宗教などを教えられます。この聖少女たちは「アクヤクーナ(太陽の乙女たち)」と呼ばれ、首都クスコの「●●の館」で太陽神に捧げる聖酒チチャを作りました。チチャは祭や儀式の際には欠かせない大切な酒だったのです。こうして作られたチチャは、インカ最大の祭り「太陽の祭典」でも神に捧げられます。飲む時の最初の数滴を女神ママ・サラへの捧げ物として地面にかける習慣があったそうです。このほか、チチャは太陽の恵みを受けて耕作するインディオたちにふるまわれ、インカの人々にとっても非常に大切な飲み物でした。

アマゾン、アンデスを主として、チチャはラテンアメリカのほぼ全域で口噛み酒として定着していました。一方で、トウモロコシを発芽させて発酵させる方法が見られたのはアンデス地域の一部と言われており、比較的新しい作り方のようです。これには植民してきたスペインをはじめとするヨーロッパ人との接触による影響もあるのではないかと考えられています。

チチャは、インカ帝国などの文明がヨーロッパ諸国によって滅ぼされた後も作られ続け、19世紀には商業的にも醸造されるようになります(ただし、口噛みではありません)。