その廃屋っていうのが、元華族の家だったのをバブルの時に全部つぶして2件並びに家を建てたんだけど、持ち主が借金か何かでいなくなったんで放置されてる家らしい。1件は貸家にするつもりだったらしいけど、それもそのまま。葬祭場とか、精肉工場とか、外から見えないようにやたら高い生け垣になってるでしょ。あれに近いような感じの屋敷が、ちゃんと2件並んで建っている。

Y子は誰に聞いてたのか、どんどん歩いていって、一方の屋敷に入っていく。先輩と彼女もだんだん、まずかったかな、という気になってきて、一応年上だし(先輩は高校浪人かつ大学も浪人)止めとこうかな、と思ったんだけど、Y子がどんどん歩いていくので、仕方なかったらしい。Y子はやたら髪が長かったんだけど、もうそれが肩に付かないくらいの早足だったそうです。

表は草ぼうぼうなんだけど、屋敷そのものは案外きれいで、建物は暗かったけど、街灯はけっこう明るかったらしい。なんだか思ったほど凶悪な雰囲気でもなかったし、門扉も開いていたので、そのまま中に入っていった。後ろからX男が黙って歩いてきているので、先輩が

「君大丈夫?」

って聞くと、

「すいません、僕がこの話教えたんですよ…」

って、ものすごくすまなそうにしてる。

「ああ、別に暇だし、気にせんでね。ヤマニシさんの話ならけっこう知ってるし」

って先輩が言うと、X男がブルブル震えだして

「すいません、すいません、すいません」

なんでかやたら謝る。そっからよくわからないんですけど(肝心なところなのにスマンけど先輩はその場面をよく見てなかった。ここは先輩の彼女の記憶)玄関先にいたY子が、いきなり庭の方にダーって走って回りこんで行って、縁側のサッシを開けると、そっから顔だけ差し入れて

「おおねたたまつり、もーすもーす」(?)

ってでかい声でわめきはじめたらしいんです。声が聞こえたんで先輩が血相変えて走って行って、Y子に追いついた時、Y子は縁側から靴脱いで上がろうとしてたらしい。こう、足を4の字にして右足のスニーカーを左手で脱がすためにつかんで、もう上がる寸前だったんです。
スニーカーの裏が妙に白かったんで覚えているらしい

(我ながらヘタな表現、どーゆー体勢だったか伝わるかな?)

これはヤバイ、って思って、慌ててX男と二人がかりで引き留めて押さえたんですけど、けっこう強い力だったみたい。放っておくと何回も

「もーすもーす」

って言うので、彼女にハンカチ借りて、自分のとあわせて、Y子の口の中に押し込んで、両脇から抱えて連れて帰ったったらしいです。その後は、特に事件も起きずに、なんとか車のところまでたどりつけたそうです。Y子はばたばたしっぱなしでしたが、車に入ると落ち着きました。反対側で抱えてるX男も、ぼろぼろ泣きながら

「もうす…」

って言ってたのが、なんか気味悪かったそうです。
それからすぐ、散会するのは気味が悪いので、4人で同じラブホに入ったそうですが、もちろんなんにもできなかったそうです(笑)。X男とY子は、朝が来ても放心状態のままだったそうです。

その後、X男とY子は別れたということでした。やっぱりY子はちょっとおかしくなったみたいで、半年大学を休学したらしい。けっこう地元では通りのいい大学の、理系の学部に入ってたんだけど、そのまま退学して、芸術系の専門学校に入り直したそうな。先輩の彼女が会ったときには、髪はぐりぐりに短くしてたらしいです。ちょっとお茶飲んだらしいのですが、やたら後ろ髪を気にして、しゃべりながら自分の手で引っ張ってたのが怖かったとか。その会ったっていうのも、ヤマニシさんを見に行った翌年だったらしいから、それからどうなったのかは先輩も知らないそうです。X男とは全然会ってないそうです。