六角橋の味を日吉で復活させることを最もチャレンジングなことと判断し、オープンさせた長い名前の店。

 しかし、その後しばらく店をやっていく中で、彼は「本当にこれでよかったのか」と葛藤するようになる。時代のニーズ、街のニーズとして、今ここでやるべきはガッツリ系なのではないか……。彼は悩み、そして大いに迷った。

 そんな2013年のある日、彼の迷いを断ち切る衝撃のニュースが耳に入る。

 「変態仮面」映画化――。

 ん? 

 「そのニュースを聞いて、僕の中の『おいなりさん』への情熱と敬意が再燃してしまったんです」

 へ? 

 「もともと『そのおいなりさんは私のだ』という言葉は僕の座右の銘なんです」

 はいぃぃぃ!? 

 ラーメンへの想いを語る高橋さんの真っ直ぐな瞳にキュンキュンしていて何か重要なことを忘れていたが、ここはそう……『それは私のおいなりさんだ』。熱いラーメン談義で終わるはずはなかったのだ。

 「あの言葉にどれだけ私の人生、勇気づけられてきただろうか」と、遠い過去を振り返る姿は、すっかり「変態仮面」の世界の住人。ラーメンを語る以上に熱い口調で語られるその話によると、彼は心が落ち込む時、くじけそうな時「それは私のおいなりさんだ」というそのシーンを思い浮かべることで乗り越えてきたのだという。

 「あのシーンを最初に見た時の衝撃。あの衝撃がずっと脳裏から離れないままに生きているというか……ぜひともリスペクトを込めてラーメン屋の店名にしたいというか……(以下省略)」と、さらに話は続く。それはもう、まったく筆者の理解を超えた高橋ワールド。

 そこで、長くなりそうなので話もとりあえずラーメンを注文することに。

「決して違うおいなりさんを想像しないでください」

 「おいなりさんラーメン」は、高橋さんの「おいなりさんに最大限のリスペクトを表したい」という想いから生まれた販売数限定のスペシャルラーメン。食券機にある通り、「店主の気が向いた時だけ」発売するとのことだが、「メニューとして売っていない日、売っていない時間の方が圧倒的に多くなっちゃいそう……」とかなりレアな商品になりそう。


 何よりキニナルのは、おいなりさんがラーメンとマッチするのか否かという点だが、その点については「合うか合わないかそれを聞くのは野暮というもの」と一蹴。「おいなりさんラーメン」は「ただそこにおいなりさんがあったから」生まれたラーメンなのだ。

 で、その高橋さんが理想とするおいなりさんはというと? 

 合うか合わないかは問題でないとは言いつつも、やはりそこはラーメン店の店主。その奇抜なコラボをうまく成立させるために、いろいろと思考を重ねたよう。

 「お揚げがスープを吸って濃くなっても、マシマシに盛られたもやしが中和してくれるんじゃないかと思って」とガッツリラーメンに合わせた理由を説明。さらに、ラーメンの味を壊さないよう、お揚げも酢飯もあくまでも控えめに仕上げたいとイメージを語る。

 軽く流してしまおうと思ったのだが、その恐ろしく太い麺に唖然呆然の筆者。その太さはというと、生の状態でも6~7mmという衝撃の超極太縮れ麺。高橋さんが学生時代にハマったという堀切菖蒲園にあった店のガッツリ系ラーメンをイメージして発注しているのだとか。


 「ふっ、太い! 」と感動しきりの筆者に「かなり攻撃的です」とあくまでも挑発的。
挑むようなその視線に、興奮が増す。「受けて立ちますよ! 」

 隣で「僕、少食だからアテにしないでくださいよ」としつこいくらいに念を押す根性なし松山を無視して、ラーメンを待つ間店内を見渡す。

 座席はL字型のカウンターのみで全部で11席。新しい業態への挑戦ということもあり、コスト面でのリスクを抑えるため、店舗は看板を付け替えた程度でほぼ前店のまま。もちろん、例の大漁旗も健在だ。

 と、そこに「モノノフ」の文字が。
ん?  ももクロ好きなんですか……? 

 「いや、当時はやたらハマってたんですけど、今はなかなかライブチケットが取れなくなっちゃって」と苦笑いの高橋さん。

 今は、ももクロの妹分「私立恵比寿中学」にハマっているらしく、店内音楽も「エビ中」オンリー。「そこもあえてチャレンジングに行きたい」という狙い通り、筆者滞在中にも「音楽はどなたの選曲なんですか? 」と男性客が食いつく姿が。

 そして、お待ちかねのラーメン完成! 
けっこうなボリュームだ。

 さり気ないながらも、強く何かを主張する「おいなりさん」。
ラーメンに「おいなりさん」2個はかなり重たい気もするが、そこは店主のこだわり。「おいなりさんは2個じゃないと」。確かに……