※補足記事1

支那とベトナムは何度も激突していますが
よく海戦は支那が勝ち 陸戦はベトナムが勝ったといわれます
しかしこれは間違っています

1974年の西沙諸島等の海戦は崩壊寸前だった南ベトナムの
背後を衝く形で支那側がおこした戦いです 
米が放り出した抜け殻の南ベでは もともと勝ち目の無い戦いでした
一方 79年の中越戦争では相手が百戦練磨の北ベトナム軍だった
ために侵攻した支那側は約20倍の戦力比にもかかわらず 
莫大な犠牲を払って撤退を余儀なくされています

他国に防衛を任せると結局 国が滅ぶことをよく教えてくれる戦史です


西沙諸島の戦い 1974年

1974年1月に、西沙諸島の領有権を巡って
中華人民共和国とベトナム共和国(以下、南ベトナム)が交戦

この海戦により中国艦隊が南ベトナム軍艦1隻を撃沈
南ベトナムが支配していた島嶼に部隊を上陸させて現在も占領中

当時の南ベトナムはベトナム戦争末期の追いつめられた状況にあった。
前年のパリ協定に基づきアメリカ軍は南ベトナムから全面撤退し、
わずかな軍事顧問が残る程度になっていた。
南ベトナム海軍は、アメリカから供与された旧式艦を主体とし、
護衛駆逐艦など比較的に大型の艦艇は保有していたが、
実戦経験は乏しく練度も高いとは言い難かった。

西沙海戦

南ベトナム軍
護衛駆逐艦「チェン・チン・ユー」 他 哨戒艦3隻

中国軍
海南型駆潜艇(en)271号など6隻

1974年1月19日午前7時40分、南ベトナム軍40人が
広金島に上陸を開始し、同島の中国軍と銃撃戦開始
第73駆潜艇大隊と掃海艇2隻の中国艦隊も駆け付け、
両軍艦艇がお互いに進路妨害や体当りを始めた

南ベ哨戒艦「ヌータオ」は米のお下がりの旧式哨戒艦で
装備は76mm砲1門と20mm機銃2門。

午前10時22分、南ベトナム艦隊が発砲し、ついに
本格的な交戦状態となった
南ベトナム艦隊は「チェン・チン・ユー」と「チェン・ピン・チョン」が
隊列を組み、他の2艦はバラバラで行動した「ヌータオ」と
中国側掃海艇2隻は激しい接近戦となり、「ヌータオ」と
中国掃海艇「389号」がいずれも浸水・炎上した。

1時間足らずの交戦で南ベトナム艦隊は次々と損傷 バラバラに
戦場離脱を図るが中国側は12時過ぎに第74駆潜艇大隊の2隻も
増援として到着後 ベトナム艦を追撃

低速の「ヌータオ」は逃げ切れず、優速な中国艦隊の
集中攻撃を浴び、午後2時52分に西沙諸島西部海域で沈没した

午後1時30分、永楽島に3個歩兵中隊・1個偵察中隊の
中国軍部隊が上陸占領
この際、中国艦隊とベトナム艦「キーリン」(漢字表記:麒麟)の
間でも交戦があった
翌1月20日には、金銀島など3島にも中国軍が上陸し、航空機の
援護の下で占領した。
地上戦で南ベトナム軍は約100人が死傷した