日本経済の課題は、世界最強を誇った製造業が新興国から激しく追い上げられ、競争力を失ってしまったことだ。そこで製造業に代わる牽引役として、「金融立国」を目指すべきだというひともいる。

 そのとき必ず例に挙げられるのがイギリスで、サッチャー政権の新自由主義的な改革によって長期停滞を克服し、金融業を中心にグローバル化に成功したとされる。

 だが私はずっと、こうした提言には懐疑的だった。日本とイギリスではあまりにも条件が違いすぎるからだ。

 前回述べたが、国際金融の世界では「世界最大のタックスヘイヴンはアメリカとイギリス」というのが常識になっている。

[参考記事]
●2016年までタックスヘイヴンへの逆風は続く

 イギリスはジャージー島、ガーンジー島、マン島の王室属領、ケイマンやジブラルタルなどの海外領土、シンガポール、キプロス、バヌアツのようなイギリス連邦加盟国、香港などの旧植民地がタックスヘイヴンの重層的なグローバルネットワークを形成している。その中心に位置するのがシティと呼ばれるロンドンの金融街だ。

シティはウォール街とはまったく違う

 シティはウォール街としばしば比較されるが、その実態はまったく異なる。

 ウォール街は、金融機関が集積するニューヨーク市の一区画に過ぎない。それに対してシティは、ロンドン市(グレーターロンドン)の行政の一部であるとともに、中世からの長い歴史のなかで数々の特権を認められた“自治都市”でもある。

 シティという不思議な場所についてはこれまでほとんど調査・報道されることがなかったが、イギリスのジャーナリスト、ニコラス・シャクソンの『タックスヘイブンの闇』(朝日新聞出版)によってはじめてその概要を知ることができた。

 シティの正式名称は、「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション」という。コーポレーションとは、刺繍業組合や皮革加工業組合など1000年も前から存在している123もの同業組合(ギルド)の「共同体」ということだ。

 地理的には、シティはテムズ川左岸のウォータールー橋とロンドン橋を東西の両端とする1.22平方マイル(約2キロ平方メートル)の地区で、別名スクエアマイルとも呼ばれる。ロンドンにはシティグループやHSBCなどの高層ビルが建ち並ぶ再開発地区カナリーウォーフやヘッジファンドの集まるメイフェアもあり、これら新興の金融街と合わせて広義のシティ(ロンドンの金融ビジネス)といわれることもある。

 2008年のデータだが、シティは国際的な株式取引の半分、店頭デリバティブ取引の45%ちかく、ユーロ債取引の70%、国際通貨取引の35%、国際的な新規株式公開の55%を占めた。猫の額のような小さな街が、グローバル金融のハブとして圧倒的な強さを誇っているのだ。

 シャンクソンは『タックスヘイブンの闇』で、シティの競争力の源泉を3つ挙げている。アジアとアメリカの中間にあるという地理的優位性、金融ビジネスの標準語である英語を母語とすること、そして、シティにつらなるタックスヘイヴン群のグローバルネットワークだ。

 2008年4月には、旧ソ連邦を構成するCIS(独立国家共同体)から100社もの企業がロンドン証券取引所に上場した。これはシティの上場基準が、アメリカ(ウォール街)でADRを上場させるよりはるかに緩いからだ。