678 :本当にあった怖い名無し:2010/07/09(金) 02:06:44 80pUtiBbO
「おい、まだかよ?」

俺は、女房の背中に向かって言った。
どうして女という奴は、支度に時間が掛かるのだろう。

「もうすぐ済むわ。そんなに急ぐことないでしょ。…ほら翔ちゃん、バタバタしないの!」

確かに女房の言うとおりだが、せっかちは俺の性分だから仕方がない。


今年もあとわずか。世間は慌しさに包まれていた。
俺は背広のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

「いきなりで、お義父さんとお義母さんビックリしないかしら?」
「なあに、孫の顔を見た途端ニコニコ顔になるさ」

俺は傍らで横になっている息子を眺めて言った。


679 :678続き:2010/07/09(金) 02:07:59 80pUtiBbO
「お待たせ。いいわよ。…あら?」
「ん、どうした?」
「あなた、ここ、ここ」

女房が俺の首元を指差すので、触ってみた。

「あっ、忘れてた」
「あなたったら、せっかちな上にそそっかしいんだから。こっち向いて」
「あなた…愛してるわ」

女房は俺の首周りを整えながら、独り言のように言った。

「何だよ、いきなり」
「いいじゃない、夫婦なんだから」

女房は下を向いたままだったが、照れているようだ。

「そうか…、俺も愛してるよ」

こんなにはっきり言ったのは何年ぶりだろう。
少し気恥ずかしかったが、気分は悪くない。
俺は、女房の手を握った。

「じゃ、行くか」
「ええ」







俺は、足下の台を蹴った。