『食道楽』の著者村井弦斎などのあゆ話にはこんなミスがある。「東京人はきれい好きで贅沢だから、好んであゆのはらわたを除き去ったものを食う」ここが問題なのだ。(略)。
 これはたまたま当時、急便運送不可能の都合上、東京にはらわたがついたままのあゆがはいり得なかったまでのことで、弦斎の味覚の幼稚さを暴露したものである。今日食道楽といわれているひとの中にも、ずいぶんこの種のひとがいる。彼らの著書をみれば一目瞭然である。一般的にいえば、彼らの著書の内容は、辞書の受け売りや他人の書物のつぎはぎで、著者自身の舌から生み出された文章はまったく稀である。

出典 『弦斎の鮎』