(大正八、九年の好況時代)なにしろ世間の景気がよくて懐に金がある。そこへ持ってきて、大あゆなるものが東京人士には珍しい。あゆの味のよしあしなどてんで無頓着な成金連だから、あゆの大きさが立派で、金が高いのも、彼らの心持にかえってぴったりするというようなわけで、自己暗示にかかった連中が、矢も楯もたまらず、なんでも春日のあゆを食わなければという次第で、この店は一時非常に栄えたものだ。

出典 『インチキ鮎』