チベット侵攻(チベットしんこう)とは、中国人民解放軍(中国共産党の軍隊)によるチベットへの侵攻をいう。侵攻は、

チベットの東北部・東部に対して(1948 - 1949)
中央チベットに対して(1950 - 1951)

の2段階に分類される。

中国では18世紀の雍正のチベット分割以来、後者の領域を「西藏」と名付けており、中華人民共和国は、後者を指して、特に「西藏和平解放/བོད་ཞི་བས་བཅིངས་འགྲོལ」(シーツァンホーピンチエファン/プーシーウェーチンドゥル)と名付けている[1]。