その後、さらに浪人して、他県の大学に入ることができました。

しかし、少し気を許して盆に帰省したのがいけませんでした。

もともと私はおじいちゃん子で、
祖父はその年の正月に亡くなっていました。

急のことだったのですが、

『せめて初盆くらいは帰ってこんか』

と電話で両親も言っていました。

それがいけませんでした。

駅の売店で新聞を買おうと寄ったのですが、
中学時代の彼女が売り子でした。

彼女は私を見るなりボロボロと泣き出して、
BとDがそれぞれ死んだことをまくし立てました。