[米米CLUB(米米クラブ)デザイン集]再結成前のアルバムCDジャケットの画像まとめ

現在では再結成した米米CLUBの、デビューした1985〜1997年解散までの商品画像。アルバム編。
「お米」にかけたタイトルセンスに刮目。アートに定評のあるマルチプレイヤー・カールスモーキー石井(石井竜也)ならではのデザイン集としても。

更新日 2013年09月17日

ウォンテッド2 さん

1183 PV

1985年10月21日発売。
何社にも及ぶレコード会社の争奪戦が繰り広げられ、CBSソニーよりデビューした。
後述にあるように、1992年には石井竜也が描いたジャケットVer.も存在する。

1986年10月10日発売。
全編新曲という構成で、事前に発表したシングル曲が収録されていない。にもかかわらず、こちらの作品で初めて10万枚を売り上げ、ヒットチャートもトップ10入りを果たした。
STAY、トラブル・フィッシュなど現在も耳にする曲の旧バージョンが収録されている。

1987年6月21日発売。
当時のシングルを集めたベストアルバム。
レコードでは出ているが、CD化されていない曲が収録されている。
そのため、レコードを投げたデザインになっている。時代を象徴するようなイラストジャケット。

アメリカのロサンゼルスにてレコーディングが行われた。米国なので「こめぐに」。
ジャケットデザインは石井竜也によるもの。シングルのJUST MY FRIENDに近いデザイン?

ちなみに代表曲の一つである「浪漫飛行」はこのアルバムからのカットである。

1987年10月21日発売。

このアルバムでバンド初のオリコンチャート1位を記録。
タイトルは「ご飯食う」から。基本的にふざけている。
初回プレス限定版は68ページにおよぶ写真集が封入された特別仕様ジャケット。
1988年9月21日発売。

5の半分で「ごはん」。相変わらずお米にかけている。ポケットチーフが付いてくる。
1989年11月11日発売だが、限定版と通常版で発売日が異なる。そのためオリコンでは別々で集計されたが、前作に引き続き一位を獲得した。

こちらは通常版のジャケット。
ジェームス小野田をコラージュした系統の作品は多い。さすがのインパクトを誇る。
ちなみにジェームス小野田メインの曲が4曲も収録されている。
代表的なシングル曲であるFUNK FUJIYAMAが収録されている。

1991年1月25日発売。90年にシングル「浪漫飛行」でミリオンヒットを飛ばし、日本を代表するバンドに成り上がった頃。

過去の楽曲のリメイク、ライブ音源、新曲といった構成。
リメイクの理由の一つとして、例えばParadiseは「こんな曲じゃ売れない」と担当者に言われ、直した(直された)ものをシングルとして発表していた経緯もあり、このアルバムで自分たちが本当にやりたかった曲の構成で発表することを実現した。

初回盤は8cmCDが付属。ライブ音源を収録。

ファンの間では未だに評価が高いヘビロテアルバム。

タイトルがバンド名。1991年4月25日に発売。
K2Cとの連作で、K2Cがかなりスタイリッシュに仕上がった分、こちらは米米の真髄でもある「ソーリー曲」満載の垂涎もの。ライブ定番曲などが収録されている。

12cmと8cmディスクの二枚構成。
初回限定版しか歌詞カードがついていないという非常に珍しい仕様。かなり破格で発売するにあたってこのような仕様になったらしい。

こだわりの強い米米らしく、同じ商品でもバージョンが異なることが多い。
ちなみにシャリ・シャリズムとは、メンバー主体の事務所の名前から。お寿司のお米「しゃり」と音楽の「リズム」、英語の「-ISM(イズム・主義)」を合わせた造語。

1992年9月1日にCD再発。

1992年6月10日に発売されたサウンドトラック・アルバム。

オーケストラバージョンなど、インストルメンタルで奏でた米米CLUBの楽曲が収録されている。

日本ポップ史上に残る大ヒットを飛ばした「君がいるだけで/愛してる」がテーマソングとなったテレビドラマ「素顔のままで」のサントラ盤とされている。

1992年9月22日に発売。
「ICTL no.2」は「あいしてるのに」とかけている。

米米CLUBの楽曲を桑野聖や菅野よう子、林部直樹がアレンジしたサウンドトラック・アルバム。

林部直樹はBeとして米米CLUBのメンバーに加入。

1992年6月25日発売。累計売上は約250万枚という米米CLUBのキャリア最大のヒットアルバムである。
シングル「君がいるだけで/愛してる」が当時の日本において歴代一位の売り上げを叩き出し、その後に出したアルバム。
シングル・アルバムの両チャートで同じ週に一位を獲るという快挙も成し遂げている。

フラッシュ金子、MINAKOの結婚を祝うように、多幸感に満ちあふれたポップに専念したアルバムとなっている。

初回版はロゴ部分が金箔仕様になっている。

これより良くも悪くも、米米CLUBは桁外れにスケールが壮大化していくことになる。

1992年12月10日発売。60万枚完全限定生産。フォトスタンド、ハンカチ、石井作の絵本「わすれかた おしえます」が同封。
タイトルは精米屋にかけたダジャレ。

ごきげんよう! PARTY NIGHTではハンカチをふりましょう。

石井竜也プロデュースによる企画アルバムである。
バンド名が「KOME KOME C-LOVE」と表記されている。

スノーボールは思いっきりゲイソング。

1993年11月1日に発売された。
次のアルバムと連動したテーマを持つ。こちらのテーマカラーは青で、静と動の「静」を表現。

ライブで定番の「抱きしめたい」、浪漫飛行に続きJALテーマソングとなった「DAY DREAM」などが収録されている。

前作である「Phi」とは対照のテーマを持つ。
静と動の「動」、カラーは赤。

1994年12月10日リリース。

元々は「Phi」と二枚組みで発売する予定だったが、諸事情により分割されたため、それぞれ発売されることとなった。
そのため、こちらの作品が再発売された際は、二枚組みとなった。

フジテレビ系「ポンキッキーズ」内『P-Kiesメロディ』テーマソングだった「Child's days memory」、ライブ定番でCD音源化が熱望された「SO COOL」などが収録されている。

米米CLUBのデビュー10周年を記念しリーダーであるBONが監修した、初の本格的ベストアルバム。

1995年2月20日リリース。
初回限定仕様は塩ビ製ケース。

「熱狂マニアは選曲に不満たっぷり!」と自ら言い放ったほど一般ウケを狙ったアルバムである。その甲斐あってか見事にミリオン突破するヒットを放った。

収録された楽曲は全てリマスタリングとリアレンジが施されている。

1995年11月23日に発売された問題作。
所属しているソニー・ミュージックエンタテインメントをパロったタイトルになっている。

米米CLUB独自のカテゴリであり、真髄ともいえる「ソーリー曲」が、なんと37曲もぶち込まれた。
前作である「DECADE」がポップ系のベスト版ならばこちらは真逆。
明らかな非・売れ線であるアルバムにこれほどの労力をかけたところが米米らしい。

初回限定版はBOXケース仕様で「運コイン(うんこいん)」という、カールスモーキー石井が和式便所にウンコしている(ウンコをインしている)デザインのコインが付いている。

歌詞ブックレットには各楽曲のソーリー度数が記されている。

過去作品であるアルバム「米米CLUB」と類似したコンセプトであるが、そのときはまだ「ソーリー」という言葉は生まれてなく、「うんこ曲」などと極めて雑なネーミングでくくられていた。

ソーリーの定義を「先に謝ってしまえば何をやっても構わない」とし、メジャー・アーティストとしては異例のおふざけっぷりを残している。

とはいっても収録楽曲のほとんどが、全国各地の地元企業のCMソングに起用されていたりする。この時期は日本のあちこちで、米米CLUBのあんまり聴いたことのない曲がテレビで流れていた。

このアルバム前に得能とRYO-Jが脱退し、新たなメンバーも加わったため、大きく再編成された米米CLUBとして挑んだ。このとき実に総勢17人というモンスターバンドになっていた。

メンバーを大きく編成しなおしてから初のオリジナルアルバム。1996年3月21日発売。

「HUMANLY HEARTY ODYSSEY」の略称がタイトル。
H2Oは水の意味で、これは「水商売」の世界をイメージした楽曲が多いことを指している。

ちなみにこのアルバムではジェームス小野田がメインを張っている楽曲がない。

初回限定特典は3Dホログラム仕様ジャケット。

精子がデザインされた再結成前の米米CLUBのラストアルバム。精子のさきっちょはお米になっている。

1997年3月1日に発売。
初回限定版は紙製パッケージと別冊32ページのCDケースサイズの写真集付き。

最後ということもあり、脱退したジョプリン得能とRYO-Jがレコーディングから復活。
作詞・作曲のクレジットは個人名ではなく「米米CLUB」で統一され、前向きな最後を迎えた。

本作発表の前年である1996年11月にバンドの解散を発表。東京ドームにて解散ライブを行うことも決定した。

それらに因み、アルバムタイトルを訳すと「押された米=押米=おしまい」という意味になっている。
精子ビジュアルは、東京ドームを巨大な卵子にたとえ、そこに精子を飛ばすという行為を表現。ライブビデオ&DVDでは無事、受精した胎児がデザインされている。

おふざけ~マジまで。いつもの米米のまま幕を閉じ、最後を表現した。

1997年8月8日に発売。「8」は米の文字にかけて、キャリアを通して米米CLUBがこだわってきた数字のため、この日にリリースされた。
ちなみに東京ドームの入場者数は2日間で88,888人。

バンドメンバーは実に20人を超え、相変わらず異様な大陣営で東京ドームを狂喜乱舞させた模様をCD音源化。

解散コンサート「THE LAST SYMPOSIUM」の公演を3枚のCDに190分に渡り収録した米米初のライブ・アルバム。

エンボス加工が施されたBOXケース仕様で、10万枚限定発売。

本編はたったの2曲。後は全て「BONUS SHOW TIME」。

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