イタリア自動車大手フィアット<FIA.MI>のセルジオ・マルキオーネ最高経営責任者(CEO)が、傘下の米クライスラーの新規株式公開(IPO)を進める決定を下した。

クライスラー第2位の株主である全米自動車労組(UAW)の退職者向け医療保険基金(VEBA)との対立が深まる中、市場関係者らは24日、今回の決定は交渉熟練者であるマルキオーネCEOによる最大級のはったりの一つかもしれないと指摘した。

クライスラーは23日、UAW基金が保有する41.5%株式の上場に向け、米証券取引委員会(SEC)にIPOを申請した。クライスラー株式の残りは親会社のフィアットが保有している。

フィアットとクライスラー両社のCEOであるセルジオ・マルキオーネ氏は、フィアットによるUAW基金保有株式の取得交渉が合意に至っていないことを受け、同基金の要求するIPOを進める格好となった。

フィアットは復活・拡大計画をクライスラーのキャッシュで手当てするため、同社を完全子会社化する必要があるものの、クライスラーによるIPO申請は、フィアットがクライスラーとの経営統合を「再考」していることを示した。

また、IPO申請書類によると、フィアットはクライスラー上場後に持ち株を自由に売却することができるようになる。

ただ、ミラノの証券会社のアナリストは「クライスラーとの提携をフィアットが後退させるとの話は、ただのうわさにすぎない」と指摘する。

フィアットとクライスラーの経営統合が破談したとの見方を強めることで、マルキオーネ氏は、クライスラー株追加取得に向けてUAW基金に妥協を促すこと、もしくはIPOプロセスに伴うクライスラーの企業価値を減少させることを望んでいるのかもしれない。

マルキオーネCEOは、UAW基金が提示している50億ドル超の売却価格に難色を示している。

フィアット株は24日、0.4%安の6.16ユーロで取引を終えた。投資家らはマルキオーネ氏のはったりを冷静に受け止めている。

<カルロス・ゴーン氏のようなCEOに>

ISIグループのロンドン駐在アナリスト、ジョージ・ガリアーズ氏は「フィアットが身を引くことはあり得ない」と指摘。「マルキオーネ氏自身の信用やフィアットの株価にとって、(身を引いてしまえば)ダメージは取り消せないだろう」と語る。

グループ全体の上期売上高のうち、クライスラーが占める割合は半分以上。また、クライスラーがフィアットの損失をもカバーしている。クライスラーの持つキャッシュや事業規模は、マルキオーネ氏が描く成長戦略に不可欠だ。

フィアットとの関係が深いミラノの銀行関係者は「VEBAといった長期投資家を投機筋に置き換えたら、単にトラブルだけを欲するヘッジファンドで株式を抑えられてしまう危険がある」と述べた。

一部アナリストらは、マルキオーネ氏はUAW基金が保有する株式の一部もしくは全ての取得で合意し、クライスラーの上場を阻止する可能性がより高いとみている。

UBSの推計によると、競合他社の時価総額や2014年予想利益からみて、UAW基金が保有するクライスラー株式41.5%の価値は約56億ドル。同行のアナリストは、包括的に見ると49億ドル近くで落ち着くのではないかとの見通しを示す。

クライスラーの完全買収と経営統合を成し遂げることは、2015年に引退する意向を示しているマルキオーネ氏にとって最後の大事業になるかもしれない。

マルキオーネ氏と仕事をした経験がある関係者によると、同氏は「(仏自動車大手ルノーと日産自動車<7201.T>のCEOを兼務する)カルロス(・ゴーン氏)が成し遂げたように、自動車ビジネスを征服したCEOとして知られたいと考えている」という。