2. 具体的なプログラムと実験
炭疽菌の兵器化:
炭疽菌は安定性と致死性から、生物兵器の主要な候補でした。米国は、炭疽菌を乾燥させ、微粒子化してエアロゾルとして散布する技術を開発しました。

オペレーション・ホワイトコート(Operation Whitecoat):
1954年から1973年にかけて、志願者(主に良心的兵役拒否者)を使った人体実験が行われ、Q熱や野兎病などの病原体への曝露試験が行われました。これは、防御技術やワクチンの効果を検証する目的でした。

都市部での模擬実験:
1950年代から60年代にかけて、米国は生物兵器の拡散効果を調べるため、サンフランシスコやニューヨークなどの都市で無害な細菌(Serratia marcescensやBacillus globigii)を散布する実験を行いました。サンフランシスコでの実験では、一部住民が感染症を発症したと報告されていますが、因果関係は議論の対象です。

3. プログラムの終焉
1969年:ニクソン大統領の決定:
1969年、リチャード・ニクソン大統領は、生物兵器の攻撃的開発を放棄する方針を発表しました。これは、生物兵器の非人道性、国際的な批判、そして防御研究の十分性が背景にありました。米国は生物兵器の在庫を破壊し、研究を防御目的(ワクチンや検知技術など)に限定しました。

1972年:生物兵器禁止条約(BWC):
米国は生物兵器禁止条約に署名し、1975年の発効以降、攻撃的生物兵器の開発・保有を禁止しました。この条約により、米国の生物兵器プログラムは公式に終了しました。