女子高生コンクリート詰め殺人事件【本当にあった怖い話】

1988年11月25日、18歳Aは埼玉県三郷市内で当時17歳の女子高生をわいせつ目的で拉致、ホテルに連れ込み強姦した。その後、A、17歳B、16歳C、17歳Dの4人で東京都足立区綾瀬のCの自宅に女子高生を監禁。

coldfiss666 さん

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女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。事件番号は平成2う1058。

この事件は、加害者が全て少年(未成年)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であったこと、●●期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。

1988年11月25日、18歳Aは埼玉県三郷市内で当時17歳の女子高生をわいせつ目的で拉致、ホテルに連れ込み強姦した。その後、A、17歳B、16歳C、17歳Dの4人で東京都足立区綾瀬のCの自宅に女子高生を監禁。同28日、17歳E、16歳Fも加わり、6人で女子高生を集団で強姦。その後もCの家の部屋で監禁、強姦、傷害など虐待行為が続いた。

数名の少年が、女子高校生を●●●後拉致、仲間の自宅2階の居室に監禁した。集団による●●●、性器にビンなどの異物挿入、裸踊りや自慰行為の強要、タバコを2本一度に吸わせる、シンナーを吸わせ、1メートル以上上から鉄棒を腹に落とす、トイレにも行かせず飲料用紙コップに排尿させその尿を飲ませる、1.6キログラムの鉄球付き棒で大腿部を数十回にわたって殴打したり、被害者の脇腹部、脚部等を多数回にわたって手拳で殴打し、全身が血だらけになり目の位置がわからなくなるほど顔を膨れ上がる程の殴る蹴るなどの行為を繰り返し、少年Bが「なんだお前でっけえ顔になったな」と笑う、足にライターのオイルをかけて火で何度もあぶる、真冬の時にベランダに裸で放置、顔面に蝋をたらす、などの苛烈な行為を41日間にわたり行った。

女子高生を監禁していた家の両親は女子高生の存在を認知しており、一度一階で一緒に食事を摂ったりした。その折、女子高生に「早く帰りなさい」と促し、一時は家を出たのだが、加害者の少年の一人が連れ戻したので、結局監禁は続いて行われた。

1989年(昭和64年)1月4日、「ギャンブルに負けた」という理由で、自力では立てなくなりほとんど動けなくなった被害者を2時間にわたって殴る蹴る、足をライターオイルで焼く、鉄の棒で殴るなどのリンチを加え放置し、その結果被害者は死亡した。翌日、被害者の死亡に気づき死体の処理に困った加害者たちは、遺体を毛布で包み旅行バックの中に入れドラム缶に入れてコンクリート詰めにして、東京都江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地内)に遺棄した。

同年(平成元年)3月29日、別の事件で逮捕された際の取調中の加害者の供述により、被害者の遺体が発見されたことから事件が発覚した。

被害者に行われた行為

◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐して不良仲間4人で輪姦
◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で輪姦、関係者は100人に及ぶ
◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う
◆度重なる暴行に耐えかねて、被害者は「もう殺して」と哀願
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打
◆揮発性の油を太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける
◆死んだのでコンクリート詰めにして放置
◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた
◆脳が萎縮して小さくなっていた

1989 07/31第一審 東京地裁 初公判

1990 05/21第一審 東京地裁 論告求刑公判
検察側は主犯格の被告Aに対して無期懲役、被告Bに懲役13年、被告Cと被告Dに懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑

1990 07/19第一審 東京地裁 判決公判
東京地裁は被告Aに懲役17年を、被告Bに懲役5年以上10年以下、被告Cに懲役4年以上6年以下、被告Dに懲役3年以上4年以下の不定期刑をそれぞれ言い渡し

1991 07/12控訴審 東京高裁(柳瀬隆次裁判長) 判決公判 判決文
東京高裁は、被告A、C、Dについて、一審判決を破棄し、被告Aに懲役20年を、被告Cに懲役5年以上9年以下、被告Dに懲役5年以上7年以下の不定期刑をそれぞれ言い渡し。被告Bについては、控訴を棄却

数名の少年が、女子高校生を●●●後拉致、仲間の自宅2階の居室に監禁した。集団による●●●、性器にビンなどの異物挿入、裸踊りや自慰行為の強要、タバコを2本一度に吸わせる、シンナーを吸わせ、1メートル以上上から鉄棒を腹に落とす、トイレにも行かせず飲料用紙コップに排尿させその尿を飲ませる、1.6キログラムの鉄球付き棒で大腿部を数十回にわたって殴打したり、被害者の脇腹部、脚部等を多数回にわたって手拳で殴打し、全身が血だらけになり目の位置がわからなくなるほど顔を膨れ上がる程の殴る蹴るなどの行為を繰り返し、少年Bが「なんだお前でっけえ顔になったな」と笑う、足にライターのオイルをかけて火で何度もあぶる、真冬の時にベランダに裸で放置、顔面に蝋をたらす、などの苛烈な行為を41日間にわたり行った。

女子高生を監禁していた家の両親は女子高生の存在を認知しており、一度一階で一緒に食事を摂ったりした。その折、女子高生に「早く帰りなさい」と促し、一時は家を出たのだが、加害者の少年の一人が連れ戻したので、結局監禁は続いて行われた。

1989年(昭和64年)1月4日、「ギャンブルに負けた」という理由で、自力では立てなくなりほとんど動けなくなった被害者を2時間にわたって殴る蹴る、足をライターオイルで焼く、鉄の棒で殴るなどのリンチを加え放置し、その結果被害者は死亡した。翌日、被害者の死亡に気づき死体の処理に困った加害者たちは、遺体を毛布で包み旅行バックの中に入れドラム缶に入れてコンクリート詰めにして、東京都江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地内)に遺棄した。

同年(平成元年)3月29日、別の事件で逮捕された際の取調中の加害者の供述により、被害者の遺体が発見されたことから事件が発覚した。

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